「2027年問題」という言葉が、多くの日本企業の経営者やIT担当者の頭を悩ませています。これは、ドイツのSAP社が提供する基幹システム（ERP）の標準保守サポートが2027年末で終了することに端を発する、極めて深刻な経営課題です。

「まだ数年あるから大丈夫だろう」と考えていると、取り返しのつかない事態になりかねません。なぜなら、この問題への対応は、単なるシステムの更新作業ではなく、企業の業務プロセスや経営戦略そのものを見直す大規模な変革を伴うからです。そして、その実現には長い時間と莫大なコスト、そして高度な専門人材が必要となります。

この記事では、2027年問題の基本的な意味から、放置した場合の具体的なリスク、企業が取るべき4つの選択肢、そして困難とされる後継システムへの移行手法まで、網羅的に、そして分かりやすく解説していきます。

2027年問題とは、世界的なERP（統合基幹業務システム）ベンダーであるドイツのSAP社が提供する主力製品、「SAP ERP 6.0（通称：ECC6.0）」の標準保守サポートが、2027年12月末日をもって終了すること、およびそれに伴い、この製品を利用している世界中の企業、とりわけ多くの日本企業が直面する様々な経営課題の総称です。

SAP社のERPは、大企業を中心に、財務会計、販売管理、在庫購買管理、生産管理、人事管理といった企業の根幹をなす業務を支えるシステムとして、長年にわたり圧倒的なシェアを誇ってきました。そのため、このシステムのサポート終了は、多くの企業の経営基盤を揺るがす重大なインシデントとなります。

企業は、2027年末というタイムリミットまでに、後継製品への移行や他社製品への乗り換えといった、何らかの抜本的な対応を迫られているのです。

SAP社は、ERPパッケージソフトウェアの分野で世界トップシェアを誇る、ドイツに本社を置くソフトウェア企業です。

ERP（Enterprise Resource Planning）とは、日本語では「企業資源計画」と訳され、企業の持つ「ヒト・モノ・カネ・情報」といった経営資源を一元的に管理し、経営の効率化や全体最適化を図るための統合基幹業務システムのことを指します。

今回、2027年問題の対象となっている「SAP ERP 6.0」は、長年にわたってSAP社の主力製品として提供されてきた旧世代のERPパッケージであり、日本国内でも数千社とも言われる多くの企業が、このシステムを経営の心臓部として利用しています。

実は、このSAP ERP 6.0の標準保守サポート終了期限は、当初「2025年」と設定されていました。経済産業省が警鐘を鳴らした「2025年の崖」問題の一因としても、このSAPの保守切れ問題が大きく取り上げられていました。

しかし、世界中のユーザー企業において、後継製品である最新世代のERP「SAP S/4HANA（エスフォーハナ）」への移行プロジェクトが想定以上に難航し、進捗が遅れている状況がありました。S/4HANAへの移行には、大規模なシステム改修や業務プロセスの見直しが必要であり、多くの企業で準備が間に合わないという懸念が高まったのです。

こうしたユーザー企業からの強い要望や市場の状況を受け、SAP社は2020年2月に、標準保守期限を2年間延長し、「2027年末」とすることを発表しました。これにより、企業には2年間の猶予が与えられましたが、根本的な課題が解決されたわけではなく、依然として予断を許さない状況が続いています。

「たかが保守サポートが終わるだけだろう」「システム自体は動くのだから問題ないのではないか」と考えるのは非常に危険です。

2027年末までに適切な対策を講じず、SAP ERP 6.0をそのまま使い続ける場合、企業は経営に直結する深刻なリスクと影響を受けることになります。

標準保守サポートが終了すると、SAP社から新たなセキュリティ上の弱点（脆弱性）に対する修正プログラムが提供されなくなります。

現代のサイバー攻撃は日々進化し、巧妙化しています。新たな脆弱性が発見されても、それを修正する術がないままシステムを使い続けることは、企業の最も重要なデータ（顧客情報、取引情報、財務情報など）を、サイバー攻撃や不正アクセス、ウイルス感染といった脅威に対して無防備な状態で晒すことを意味します。

万が一、情報漏洩やシステムダウンが発生すれば、企業の社会的信用は失墜し、事業存続に関わる致命的な損害を被る可能性があります。

2027年末までに移行が間に合わない、あるいはどうしても現行システムを使い続けたいという企業のために、SAP社は2030年末までの延長保守サービスを用意しています。

しかし、この延長保守を利用するためには、通常の保守料金に加えて、割高な追加料金（例えば、保守料金の2%相当の上乗せなど）を支払う必要があります。システムを刷新せず、古いシステムを延命させるためだけに、これまで以上の多額の保守コストを支払い続けることは、企業のIT予算を圧迫し、本来行うべき攻めのIT投資の機会を奪うことになります。

SAP ERP 6.0は、一昔前の技術思想に基づいて設計されたシステムです。そのため、AI（人工知能）、IoT（モノのインターネット）、クラウドサービス、ビッグデータ分析といった、現代のビジネスに不可欠な最新のデジタル技術と連携することを前提としていません。

競合他社が最新のERPやデジタル技術を活用し、データに基づいた迅速な意思決定や、新しいビジネスモデルの創出といったDXを加速させる中で、自社だけが古くて硬直的なシステムに縛られ続けることは、デジタル化の波から完全に取り残され、市場における競争優位性を失うという、経営上の大きな損失に繋がります。

保守サポートが終了すると、システムにバグや不具合、原因不明のトラブルが発生した場合でも、SAP社からの公式な技術サポートや原因究明の支援を受けることができなくなります。

トラブルの原因究明や復旧作業は、全て自社のIT部門や、保守を委託しているITベンダーの責任と能力に委ねられることになります。メーカーの支援なしに複雑な基幹システムのトラブルを解決するのは困難を極め、問題解決までに長時間を要したり、最悪の場合、システムが復旧できずに長期間停止して業務が麻痺したりするリスクがあります。

2027年問題に対する最も根本的な解決策は、SAP社が提供する後継製品である「SAP S/4HANA」へシステムを移行（アップグレードまたは再構築）することです。

しかし、この移行プロジェクトは、これまでのバージョンアップとは比較にならないほど難易度が高く、多くの企業が頭を悩ませている最大の要因となっています。

SAP S/4HANAは、SAP ERP 6.0の後継として開発された、最新世代のERPパッケージです。

その最大の特徴は、データベースに「SAP HANA」という、SAP社独自の「インメモリデータベース」を採用している点にあります。従来のデータベースがハードディスクにデータを保存して処理していたのに対し、インメモリデータベースは、コンピュータのメインメモリ上でデータを処理します。

これにより、従来の数千倍から数万倍という圧倒的な高速データ処理が可能になり、膨大な明細データをリアルタイムで集計・分析することができるようになりました。

S/4HANAは、この高速処理能力を前提として、アプリケーションの構造やデータモデルが根本から再設計されており、単なる機能追加版ではない、全く新しい次世代のERPと言えます。

S/4HANAへの移行が、「単なるソフトウェアのアップデート」ではなく、「ほぼ別システムへの作り替え」に近い、極めて大規模かつ高難易度なプロジェクトになる理由は、主に以下の4点に集約されます。

S/4HANAは、データベースやアプリケーションの構造が旧製品と根本的に異なるため、既存のシステムをそのまま移行することが難しく、大規模な改修や再構築が必要となります。そのため、新しいライセンス費用、SAP HANAを稼働させるための高性能なサーバー（またはクラウド）費用、そして移行作業を行うためのコンサルティング費用や開発費用など、莫大なコストが発生します。

また、現状の業務プロセスの分析から要件定義、システム構築、テスト、データ移行、そして本番稼働に至るまでには、最低でも1年、大規模な企業であれば数年単位の長い期間を要する、巨大プロジェクトとなります。

多くの日本企業は、過去にSAP ERP 6.0を導入した際、欧米型の業務プロセスを前提としたSAPの標準機能に合わせるのではなく、自社独自の商習慣や業務プロセスに合わせて、大量の「アドオン」を組み込んでシステムを構築しました。

しかし、S/4HANAへ移行する際、これらの膨大なアドオンプログラムは、データ構造の違いなどから、そのままでは動かないケースが多くあります。アドオンを全て修正して移行しようとすれば、コストと時間が青天井に膨れ上がります。

そのため、S/4HANAへの移行を機に、アドオンを極力廃止し、S/4HANAの標準機能に合わせて「業務のやり方自体を変える」という、痛みを伴う業務改革を断行する必要があります。現場の業務フローを変更することに対する社内の抵抗は大きく、この調整がプロジェクトの最大の難関となります。

S/4HANAへの移行プロジェクトを成功させるためには、SAP製品の仕様やS/4HANAの新機能に精通し、かつ業務改革をリードできる高度な専門知識を持ったコンサルタントやエンジニアが不可欠です。

しかし、世界中の企業が一斉に2027年に向けて動き出しているため、SAP人材は世界的に、そして特に日本国内において深刻に不足しています。優秀な人材の奪い合いにより、ITベンダーやコンサルタントの手配がつかない、あるいは契約単価が異常に高騰しているという事態が発生しており、プロジェクト体制を組むこと自体が難しくなっています。

経営層が、2027年問題を「単なるITシステムの保守切れ対応」や「情報システム部門だけの問題」と捉えてしまっているケースも少なくありません。

S/4HANAへの移行は、巨額の投資と全社的な業務改革を伴う経営マターです。経営層がその重要性を理解せず、「業務改革」や「DX推進」のための「戦略的投資」として強い意思決定を行えない場合、投資判断が遅れたり、現場の抵抗を抑えられなかったりして、プロジェクトは迷走し、困難を極めることになります。

2027年問題を前に、現在SAP ERP 6.0を利用している企業が取りうる選択肢は、大きく分けて以下の4つが考えられます。自社の経営戦略や予算、DXの方針に合わせて、最適な道を選択する必要があります。

SAP社が公式に推奨しており、多くの企業が検討する本命の選択肢です。

メリットは、最新のテクノロジー基盤を手に入れることで、セキュリティリスクを解消できるだけでなく、S/4HANAの圧倒的なリアルタイムデータ処理能力を活用して、迅速な経営判断やデータドリブン経営といったDX推進の基盤を築けることです。

デメリットは、前述の通り、移行に伴うコスト、期間、業務改革の負担が非常に大きく、難易度が高いことです。しかし、将来的な成長を見据えるならば、避けては通れない道とも言えます。

S/4HANAへの移行コストや難易度を鑑み、あえてSAP製品から離れ、Oracle、Microsoft、あるいは日本の商習慣に合った国産ERPなど、他のベンダーが提供するERPパッケージに乗り換えるという選択肢です。

メリットは、S/4HANAよりもライセンスコストが安い製品を選んだり、自社の業務要件によりフィットする製品を選んだりすることで、トータルコストや業務適合性を改善できる可能性があることです。

デメリットは、長年使い慣れたSAPとは異なるシステムを一から導入することになるため、S/4HANAへの移行と同様、あるいはそれ以上に、ゼロからのシステム再構築（要件定義、データ移行、ユーザー教育など）に膨大なコストと時間、労力がかかることです。

2027年末の標準保守終了後も、システムを刷新せずに、2030年末まで提供されるSAP社の「延長保守サービス」を契約して、SAP ERP 6.0を使い続ける選択肢です。

メリットは、S/4HANAへの移行という大規模プロジェクトを一時的に先送りできることです。直近のリソースや予算が不足している場合の現実的な回避策となり得ます。

デメリットは、高額な延長保守料金が発生することに加え、2030年には結局サポートが切れるため、根本的な問題（システムの老朽化、DXの遅れ）の解決にはならず、問題を3年後に先送りするだけになってしまうことです。

SAP社との保守契約を終了し、メーカーとは資本関係のない、独立系の第三者保守ベンダーと契約して、SAP ERP 6.0の保守・運用を継続する選択肢です。

メリットは、SAP社の延長保守料金よりも大幅に安価なコストで保守サービスを受けられる可能性があり、コスト削減効果が高いことです。また、2030年以降も使い続けられる場合があります。

デメリットは、あくまで既存システムの延命措置であり、メーカーからの新たなセキュリティパッチの提供や、法改正対応プログラムの提供などは受けられない場合が多いことです。セキュリティリスクや、将来的なシステム刷新の必要性は残るため、リスクとコストを慎重に天秤にかける必要があります。

選択肢1（S/4HANAへ移行）を選んだ場合、具体的にどのようなアプローチで移行を進めるか、その手法にもいくつかのパターンがあります。自社の状況（アドオンの量、データの質、業務改革の必要性など）に合わせて選択します。

既存のSAP ERP 6.0のシステムや設定を一切引き継がず、S/4HANAを全くの更地に、ゼロから新しく導入・構築（新規インストール）し、必要なデータ（マスタデータや残高データなど）のみを旧システムから移行する手法です。

■特徴

過去の複雑なアドオンプログラムや、古くなって実態に合わなくなった設定、汚れたデータなどを負の遺産として切り捨てることができます。S/4HANAの最新の標準機能やベストプラクティスに業務プロセスを合わせることで、抜本的な業務改革やシステムのシンプル化を実現したい企業に向いています。

既存のSAP ERP 6.0のシステム（データ、設定、アドオンプログラムなど）を、ツールを使ってできる限りそのまま引き継いで、S/4HANAへ変換する手法です。

■特徴

これまでの業務プロセスや使い勝手を大きく変えずに移行できるため、ユーザーへの影響が少なく、移行にかかる期間やコストを比較的抑えやすいというメリットがあります。ただし、過去のアドオンや不要なデータといった「負の遺産」もそのまま引き継いでしまうため、システムの肥大化や複雑さが解消されず、S/4HANAのメリットを十分に享受できない可能性があります。

グリーンフィールドとブラウンフィールドの中間的な手法で、「選択的データ移行」とも呼ばれます。S/4HANAを新規に構築しつつ、既存システムの中から「必要な機能」や「必要なデータ」だけを選別して移行するやり方です。

■特徴

システムを刷新しつつ、重要なデータ資産は引き継ぎたい場合や、企業の合併・分社化などに合わせてシステムを統合・分割したい場合などに適しています。柔軟性が高い反面、高度な移行ツールや専門的なノウハウが必要となります。

2027年末までは、まだ数年の時間があるように思えるかもしれません。しかし、S/4HANAへの移行プロジェクトには数年単位の期間が必要です。

検討や準備の期間も含めれば、残された時間は決して多くありません。企業は、以下のステップに今すぐ取り組む必要があります。

まず最初に行うべきは、自社の既存システム（SAP ERP 6.0）が現在どのような状態にあるのかを徹底的に調査・可視化することです。

具体的には、

・利用しているバージョンやパッチレベルの確認

・導入されているアドオンプログラムの本数と、実際に使われている機能の棚卸し

・現在の業務プロセスとシステム機能の乖離状況の確認

・S/4HANAへ移行した場合に、どのアドオンが使えなくなるのか、どの業務に影響が出るのかの影響度分析

などを客観的に評価（アセスメント）します。この現状把握がなければ、適切な移行方針を決めることはできません。

アセスメント結果に基づき、経営層が今後のシステム戦略についての決断を下します。

単に「いつ移行するか」だけでなく、「S/4HANAへ移行するのか、他社へ乗り換えるのか」「移行するなら、業務改革を伴うグリーンフィールドか、現状維持のブラウンフィールドか」といった大きな方針を決定します。これはIT部門だけの判断ではなく、全社の「経営戦略」や「DX戦略」と密接に連動させて決定すべき重要な経営判断です。

本格的なS/4HANAへの移行プロジェクト技術的な移行が始まるのを待つ必要はありません。今からできる地ならしとしての業務改革に着手することが重要です。

例えば、

・使われていない不要なアドオンプログラムの廃棄

・部門ごとにバラバラだったマスターデータやコード体系の統一

・標準機能で代替可能な業務プロセスの標準化

などを先行して進めておくことで、移行プロジェクト本体のスコープを小さくし、リスクと負担を大幅に軽減することができます。

前述の通り、SAP人材は深刻に不足しています。S/4HANA移行の実績と能力があり、自社の業界や業務を理解してくれる信頼できる移行パートナー（ITベンダーやコンサルティングファーム）を、できるだけ早期に選定し、そのリソースを確保しておくことが、プロジェクトの成否を分ける重要な鍵となります。

本記事では、SAPの「2027年問題」について、その背景や影響、企業が取るべき選択肢、そして具体的な対策までを網羅的に解説しました。

2027年問題は、単なるシステムの保守期限切れ対応ではありません。それをきっかけとして、長年積み重ねてきたレガシーシステムと業務プロセスの「負の遺産」を清算し、デジタル時代に対応した新しい経営基盤へと生まれ変わることができるかどうかが問われる、企業の未来を左右する大きな転換点です。

S/4HANAへの移行は、コストもリスクも高い困難な道のりですが、それを乗り越えた先には、データドリブン経営やDXの実現という大きな果実が待っています。残された時間は長くありません。経営層がリーダーシップを発揮し、今すぐ具体的な行動を開始することが求められています。

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