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航空DXの最新動向|ANA・JALの事例から課題・今後の予測まで解説
航空DXとは何か、その意味と目的を徹底解説。なぜ今、航空業界でDXが急務なのか?人手不足やカーボンニュートラルといった背景から、顔認証搭乗、AI運航支援、予知保全などの最新技術、事例、課題まで網羅します。
目次
飛行機での移動は、私たちの生活やビジネスにおいて、もはやなくてはならないものとなりました。その空の旅を、より安全に、より快適に、そしてより効率的にするために、今、航空業界全体で「航空DX」と呼ばれるデジタルトランスフォーメーションの動きが加速しています。
顔認証によるスムーズな搭乗手続きや、AIを活用した最適な運航計画など、その変革の兆しは、私たちの身近なところにも現れ始めています。
「航空DXは、具体的に何を目指しているのだろうか?」「これまでのIT化と何が違うのか?」「私たちの空の旅は、これからどう変わっていくのだろうか」。この記事では、そんな航空DXの基本的な意味から、なぜ今それが業界全体にとって不可欠な取り組みなのか、具体的な変革領域や成功事例、そして推進における課題まで、分かりやすく解説していきます。
航空DXとは?
航空DXとは、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、生体認証、ビッグデータ分析といったデジタル技術を全面的に駆使して、航空機の運航計画・管理、空港における旅客サービスや地上業務(グランドハンドリング)、航空機の整備(MRO:Maintenance, Repair, and Overhaul)、顧客とのコミュニケーションやマーケティング、そして航空会社の経営管理に至るまで、航空産業に関わるバリューチェーン全体を根本から変革することを指します。
その核心は、これまで各部門やプロセスで個別に管理・運用されることが多かった様々なデータを収集・連携させ、高度に分析・活用することにあります。これにより、安全性、定時性、顧客満足度といった航空輸送サービスの根幹をなす価値を飛躍的に向上させるとともに、業務プロセス全体の効率を極限まで高め、新たな収益モデルを創出する創出する経営変革を目指します。
航空DXが目指すもの
航空DXが目指す究極的な目標は、デジタル技術を前提として、より安全で、より快適で、よりパーソナライズされ、そしてより効率的な空の移動体験を実現し、同時に地球環境への負荷低減にも貢献する、新しい時代の持続可能な航空輸送システムを構築することにあります。
具体的には、下記の目標達成を通じて、航空会社や空港運営会社は、厳しい競争環境の中で持続的な成長を実現し、社会インフラとしての役割を果たし続けることを目指します。
・安全性の更なる向上:ヒューマンエラーのリスクを低減し、機体の異常を早期に検知することで、航空事故を限りなくゼロに近づける。
・定時運航率の向上:天候や機材トラブル、空港混雑などの影響を最小限に抑え、より正確で信頼性の高い運航スケジュールを実現する。
・顧客体験(CX)の向上:予約から搭乗、到着後の手荷物受け取りまで、シームレスでストレスのない、パーソナライズされた快適な旅を提供する。
・生産性の向上とコスト削減:運航、整備、地上業務などのあらゆるプロセスを効率化・自動化し、コスト競争力を高める。
・環境負荷の低減:最適な飛行ルートの選択や、燃費効率の改善、代替燃料(SAF)の活用などを通じて、CO2排出量を削減する。
・新たな収益機会の創出:収集したデータを活用し、機内サービスやマイレージプログラムの高度化、あるいは航空機以外の関連サービス(旅行商品、貨物輸送など)との連携による新たなビジネスモデルを構築する。
従来のITシステム導入との根本的な違い
航空業界は、安全運航を支えるために、古くから高度なITシステムを導入・活用してきた分野です。例えば、航空券の予約・発券システム(CRS:Computer Reservation System)、航空機の運航状況を管理するシステム、あるいは整備記録を管理するシステムなどがこれにあたります。しかし、これらの従来のITシステム導入と、現在進められている航空DXの間には、その目指すレベルとデータの連携範囲において根本的な違いがあります。
従来のシステム導入は、主に予約業務、運航管理、整備管理といった個別の業務領域において、特定の機能を実現し、その業務の効率化を図ることに主眼が置かれていました。これは、それぞれの業務範囲内での生産性を高める「部分最適」のアプローチと言えます。しかし、例えば予約システムの顧客データと、運航システムの遅延情報、整備システムの機材情報などが、必ずしもリアルタイムでスムーズに連携されているわけではなく、部門間で情報が分断されているケースも少なくありませんでした。
一方、航空DXは、これらの個別システムの高度化も含めつつ、さらにその先を目指します。航空機そのものから得られる膨大なセンサーデータ(エンジン状態、飛行データなど)、顧客の予約・搭乗データ、空港の混雑状況データ、気象データ、整備履歴データといった、これまで分断されていた様々なデータを可能な限り統合し、一元的に分析・活用します。そして、その分析結果に基づいて、運航計画のリアルタイム最適化、予知保全による整備効率の向上、顧客一人ひとりへのパーソナライズされた情報提供など、航空輸送プロセス全体の最適化、すなわち「全体最適」を目指す点が根本的に異なります。
航空業界がDX推進を急ぐ背景
高い公益性と、厳しい安全基準が求められる航空業界。その一方で、グローバルな競争環境の激化や、社会からの要請の高まりを受け、従来のビジネスモデルやオペレーションからの変革、すなわちDXが不可欠となっています。
LCCの台頭と価格競争の激化
近年、世界的にローコストキャリア(LCC:Low Cost Carrier)が急速に成長し、航空市場における価格競争はますます激化しています。LCCは、徹底したコスト削減(例えば、機内サービスの簡素化、使用機材の統一、空港利用料の安いターミナルの利用など)によって低価格な運賃を実現し、これまで飛行機を利用しなかった新たな顧客層を開拓してきました。
このLCCの台頭により、従来のフルサービスキャリア(FSC:Full Service Carrier、ANAやJALなどが該当)は、LCCとの価格競争に対応するためのコスト削減と、価格以外の付加価値(例えば、快適な座席、充実した機内サービス、マイレージプログラムなど)を高めることによる差別化という、二つの難しい課題に同時に直面しています。
DXは、この両立を実現するための重要な手段となります。例えば、AIを活用した需要予測に基づく価格設定(ダイナミックプライシング)や、業務プロセスの自動化によるコスト削減は、価格競争力の強化に繋がります。また、顧客データの分析に基づいたパーソナライズされたサービス提供は、顧客満足度を高め、ブランドへのロイヤルティを醸成します。
深刻化する人手不足(パイロット・整備士・地上スタッフ)
航空業界は、その安全性を支えるために、高度な専門技能を持つ多くの人材によって成り立っています。しかし、世界的な航空需要の拡大が見込まれる一方で、運航乗務員(パイロット)、航空整備士、そして空港で働く地上スタッフ(グランドハンドリング、旅客サービスなど)といった専門人材の不足と、既存人材の高齢化が、業界全体の深刻な課題となっています。
特にパイロットについては、養成に長い年月と多額の費用がかかるため、需要の増加に供給が追いつかない状況が懸念されています。整備士や地上スタッフについても、厳しい労働環境や不規則な勤務形態などから、若手の確保・定着が難しいという問題を抱えています。
この構造的な人手不足は、将来的に航空会社の運航便数の制約や、安全基準の維持、サービス品質の低下といった問題を引き起こしかねません。DXによって、運航計画や乗務員スケジューリングを最適化したり、整備作業を効率化・高度化したり、あるいは空港業務の一部を自動化(自動チェックイン機、自動手荷物預け機など)したりすることは、限られた人材で高品質なサービスを維持していくために不可欠な取り組みです。
顧客体験(CX)向上への期待の高まり
現代の顧客は、単に目的地まで安全に移動できるというだけでなく、航空券の予約・購入から、空港での手続き、機内での過ごし方、そして到着後の手荷物受け取りに至るまで、旅のプロセス全体を通じた、よりシームレスで、ストレスなく、そしてパーソナライズされた快適な移動体験(Customer Experience, CX)を求めるようになっています。
例えば、空港での長い行列や、分かりにくい案内表示、画一的な機内サービスなどは、顧客満足度を低下させる大きな要因となります。
航空DXは、これらの顧客の期待に応えるための様々なソリューションを提供します。スマートフォンアプリを通じた簡単な予約・変更手続き、顔認証技術を活用したスムーズな搭乗プロセス、個々の顧客の好みに合わせた機内エンターテイメントや食事の提供、手荷物の追跡情報のリアルタイム提供など、デジタル技術を駆使して、旅マエから旅アトまでのあらゆるタッチポイントで顧客体験を向上させることが、航空会社にとって重要な差別化戦略となっています。
カーボンニュートラル実現への社会的要請
地球温暖化対策は世界共通の喫緊の課題であり、航空業界もまた、そのCO2排出量の多さから、脱炭素化に向けた取り組みを社会から強く求められています。国際航空運送協会(IATA)は、2050年までに航空輸送におけるCO2排出量を実質ゼロにするという目標を掲げており、各国の政府も規制強化の動きを見せています。
このカーボンニュートラル実現に向けて、航空業界は様々なアプローチでDXを活用しています。
・運航効率の改善:AIを活用して、気象データや機体の状況に基づいた最適な飛行ルートや高度を算出し、燃料消費量を削減します。また、地上走行時のエンジン停止時間の最大化なども進められています。
・機材の軽量化・高性能化:新しい素材の開発や、より燃費効率の高いエンジンの開発に、シミュレーション技術などが活用されています。
・持続可能な航空燃料(SAF:Sustainable Aviation Fuel)の活用:廃食油や植物などを原料とするSAFの利用を拡大していくための、サプライチェーン構築や技術開発が進められています。DXは、SAFの生産・供給プロセスの効率化にも貢献します。
環境負荷の低減は、もはやCSR(企業の社会的責任)活動ではなく、企業の存続に関わる経営課題であり、DXはその実現を支える重要な技術基盤となっています。
航空DXが変革する主要な業務領域
航空DXは、私たちが飛行機を利用する際の体験から、その裏側で飛行機を飛ばし、支えている様々な業務プロセスまで、空の旅に関わる全ての領域に革新をもたらします。
空港運営・旅客サービス
空港は、空の旅の玄関口であり、顧客体験を大きく左右する重要な場所です。DXは、空港におけるチェックインから保安検査、搭乗に至るまでのプロセスを自動化・効率化し、旅客の待ち時間を削減するとともに、パーソナライズされた情報提供を通じて、より快適でスムーズな体験を実現します。
・顔認証による搭乗手続き(One ID):パスポートや搭乗券を何度も提示することなく、事前の顔情報登録だけで、チェックインカウンター、手荷物預け、保安検査場、搭乗ゲートといった空港内の複数の手続きポイントを、顔認証だけで通過できる仕組みです。これにより、手続き時間が大幅に短縮され、接触機会も減るため衛生的です。IATA(国際航空運送協会)が推進する「One ID」構想として、世界中の空港で導入が進められています。
・手荷物預けの自動化:空港のカウンターで係員に預ける代わりに、旅客自身が簡単な操作で手荷物を預けられる自動手荷物預け機(Self Bag Drop)の導入が進んでいます。
・AIチャットボットによる問い合わせ対応:フライト情報や空港施設の案内など、旅客からのよくある質問に対して、AIチャットボットがウェブサイトやアプリ上で24時間365日、多言語で自動応答します。
・空港内ナビゲーションアプリ:広大な空港ターミナル内で、現在地から搭乗ゲートや目的の店舗までの最適なルートを、スマートフォンのAR(拡張現実)機能などを活用して案内します。
・リアルタイム混雑状況の可視化:保安検査場や出国審査場の混雑状況をセンサーやカメラで計測し、デジタルサイネージやアプリでリアルタイムに表示することで、旅客の行動計画を支援します。
航空機運航
航空機の安全かつ効率的な運航は、航空会社の生命線です。DXは、データ分析とAIを活用して、運航計画の精度を高め、定時運航率の向上と燃費改善を実現します。
・AIによる運航計画最適化:気象データ、機体の重量や性能データ、空港の混雑状況、航空路の制限といった膨大な要因をAIがリアルタイムで分析し、最も安全かつ燃料効率の良い最適な飛行ルートや高度、速度を算出します。
・リアルタイムでの飛行状況モニタリング:飛行中の航空機から送られてくる各種センサーデータ(エンジン状態、燃料消費量、機体の振動など)を地上で常時監視し、異常の兆候を早期に検知します。
・航空管制とのデータ連携強化:従来の音声通信に加え、デジタルデータ通信を活用することで、航空機と航空管制官の間で、より正確かつ効率的な情報交換(飛行ルートの変更指示など)を可能にします。
・遅延予測と事前対応:過去の運航データや気象情報などから、遅延が発生する可能性をAIが予測し、事前に代替機材の手配や乗務員のスケジュール調整を行うなど、遅延の影響を最小限に抑えるための対策を講じます。
整備(MRO)
航空機の整備(MRO:Maintenance, Repair, and Overhaul)は、安全運航を確保するための最も重要な業務の一つです。DXは、データ活用による予防保全(予知保全)の実現と、整備作業そのものの効率化・高度化に貢献します。
・IoTセンサーによる機体状態監視(ヘルスモニタリング):航空機のエンジンや機体の各部に取り付けられた多数のセンサーが、温度、圧力、振動、摩耗度といったデータを飛行中にリアルタイムで収集し、地上に送信します。
・AIによる故障予測(予知保全):収集された膨大なセンサーデータをAIが分析し、部品が故障する前に、その劣化の兆候や異常パターンを検知します。これにより、従来の時間基準(一定の飛行時間ごと)や事後対応(故障が発生してから)の整備から、部品の状態に基づいて最適なタイミングでメンテナンスを行う「予知保全」へと移行できます。これは、整備コストの削減と、機材の稼働率向上に繋がります。
・AR(拡張現実)を活用した整備作業支援:整備士がARグラスなどを装着すると、目の前の部品に関するマニュアル情報や、作業手順、あるいは遠隔地にいる熟練技術者からの指示などが、現実の視界に重ねて表示されます。これにより、作業の正確性を高め、効率化を図ることができます。
・整備記録のデジタル化と分析:過去の膨大な整備記録をデジタルデータとして蓄積・分析することで、特定の部品の故障傾向を把握したり、より効率的な整備計画を立案したりすることが可能になります。
経営管理・バックオフィス
航空会社の経営判断や、それを支えるバックオフィス業務も、DXによる変革の対象となります。
・AIによる需要予測・価格設定(レベニューマネジメント):過去の予約・搭乗データ、競合の価格動向、季節変動、イベント情報などをAIが分析し、将来の路線ごとの需要を高精度で予測します。この予測に基づいて、座席の価格を需要に応じて動的に変動させる「ダイナミックプライシング」を行い、収益の最大化を図ります(レベニューマネジメント)。
・乗務員スケジューリングシステムの最適化:パイロットや客室乗務員の勤務スケジュールを、航空法規や労働協約、個々の乗務員の資格や希望などを考慮しながら、最も効率的かつ公平な組み合わせをAIなどが自動で作成します。これにより、スケジューリング担当者の負担を軽減し、乗務員の満足度向上にも繋がります。
・間接部門業務のRPAによる自動化:経理、人事、総務といった間接部門における、データ入力や帳票作成といった定型的な事務作業をRPA(Robotic Process Automation)によって自動化し、業務効率化とコスト削減を図ります。
航空DXを支える主要テクノロジー
航空DXがもたらすこれらの革新は、単一の技術によって実現されるものではありません。以下に示すような様々なデジタル技術が、それぞれの役割を果たしながら有機的に連携することで、その全体像が形作られます。
IoTとセンサー技術
IoTは、航空機や空港設備といった物理世界の「状態」をデジタルデータとして収集するための基盤となります。
・航空機:エンジン内部の温度・圧力センサー、機体の歪みを検知するセンサー、GPSによる位置情報センサーなど、現代の航空機には数千から数万ものセンサーが搭載されており、飛行中に膨大な量のデータを生成・収集しています。
・空港設備:チェックインカウンター、手荷物搬送システム、搭乗ブリッジ、地上支援車両(トーイングカーなど)にもセンサーが取り付けられ、その稼働状況や位置情報などがリアルタイムで把握されます。
・手荷物:RFIDタグなどを手荷物に取り付けることで、空港内での移動状況を正確に追跡することが可能になります。
これらのIoTデバイスから収集されるデータが、AI分析や各種サービスの基盤となります。
AI(人工知能)
AIは、IoTなどで収集された膨大なビッグデータを分析し、人間だけでは困難な高度な予測や判断、最適化を行う「頭脳」の役割を担います。航空分野におけるAIの活用例は非常に多岐にわたります。
・運航計画の最適化:気象、機材、乗務員、空港状況など、複雑な要因を考慮して最適な運航スケジュールを立案します。
・故障予知(予知保全):機体のセンサーデータを分析し、部品の劣化や故障の兆候を事前に検知します。
・需要予測・レベニューマネジメント:過去のデータから将来の旅客需要を高精度で予測し、最適な価格設定を行います。
・顧客行動分析:顧客の予約履歴やWebサイトでの行動履歴を分析し、パーソナライズされたマーケティングやサービス提案を行います。
・画像・音声認識:空港での顔認証システムや、整備作業における部品認識、あるいはコックピットでの音声操作アシスタントなどに活用されます。
生体認証(顔認証など)
生体認証技術、特に顔認証技術は、空港における旅客の手続きを劇的に簡素化する可能性を秘めています。IATAが推進する「One ID」構想では、旅客が最初に一度だけパスポート情報と顔情報を登録すれば、その後はチェックイン、手荷物預け、保安検査、搭乗ゲートといった複数のポイントを、パスポートや搭乗券を提示することなく、顔認証だけで通過できるようにすることを目指しています。これにより、旅客の待ち時間が大幅に短縮され、空港全体の処理能力も向上します。
ビッグデータ分析
航空業界は、運航データ(飛行ルート、時間、燃料消費など)、整備データ(部品交換履歴、故障記録など)、顧客データ(予約情報、マイレージ会員情報、Web行動履歴など)、空港データ(発着状況、混雑状況など)といった、極めて膨大かつ多様なデータ(ビッグデータ)を生成・保有しています。
これらのデータを部門横断で統合的に分析することで、安全運航のリスク要因の特定、定時運航率を低下させるボトルネックの発見、顧客満足度を高めるための新たなサービスアイデアの創出、あるいは新たな収益機会の発見などに繋がる、貴重なインサイトを得ることができます。データに基づいた客観的な意思決定は、航空DXの根幹を成します。
航空DXがもたらすメリット
航空DXを計画的に推進することは、単に業務が効率化されるだけでなく、航空輸送サービスの根幹である安全性、定時性、そして顧客満足度の向上と、航空会社や空港運営会社の生産性向上・収益拡大を両立させる、多岐にわたる重要なメリットをもたらします。
安全性のさらなる向上
航空業界にとって、安全は何よりも優先される絶対的な価値です。DXは、この安全性をさらに高いレベルへと引き上げることに貢献します。
・予知保全:機体のセンサーデータをAIが分析し、部品が故障する前にその兆候を検知することで、機材トラブルによる事故のリスクを未然に防ぎます。
・運航支援:AIが気象データや機体状況をリアルタイムで分析し、パイロットに対して最適な飛行ルートや操作に関する客観的な情報を提供することで、ヒューマンエラーのリスクを低減します。
・訓練の高度化:VR技術などを活用した高度なフライトシミュレーターや、整備士向けのトレーニングにより、乗務員や整備士のスキル向上と緊急時対応能力の強化を図ります。
定時運航率の向上と運航効率の改善
航空機の遅延は、顧客満足度を低下させるだけでなく、航空会社のコスト増加にも繋がる大きな問題です。DXは、定時運航率の向上と、運航全体の効率改善に貢献します。
・運航計画の最適化:AIが天候や空港の混雑状況などを考慮して、遅延リスクを最小化する最適な運航スケジュールや飛行ルートを立案します。
・地上作業の効率化:空港における手荷物の積み下ろしや、機内清掃、燃料補給といった地上支援業務(グランドハンドリング)のプロセスをデジタル化し、最適化することで、航空機の駐機時間(ターンアラウンドタイム)を短縮します。
・燃費改善:AIによる最適な飛行ルート・高度・速度の算出や、機体の軽量化、エンジンの効率改善などにより、燃料消費量を削減し、運航コストの低減とCO2排出量の削減に繋げます。
顧客体験(CX)の向上
顧客にとっては、空の旅全体が、よりスムーズで、快適で、パーソナライズされた体験へと進化します。
・空港でのストレス軽減:顔認証による待ち時間の少ない搭乗手続きや、手荷物追跡システムによる安心感の提供、リアルタイム混雑情報による計画的な行動支援などが実現します。
・パーソナライズされたサービス:顧客の過去の利用履歴や好みに基づいて、座席の事前指定、機内食の選択、機内エンターテイメントのおすすめなどが提供されます。
・シームレスな情報提供:フライトの遅延や欠航といった運航に関する情報を、スマートフォンアプリなどを通じて、適切なタイミングで、個々の顧客に合わせた形で提供します。
・機内での快適性向上:高速な機内Wi-Fiサービスの提供や、個々の好みに合わせた照明・温度調整などが可能になります。
業務効率化とコスト削減
航空会社や空港運営会社にとっては、様々な業務プロセスが効率化され、コスト削減と収益性の改善に繋がります。
・整備コストの削減:予知保全の導入により、過剰な定期メンテナンスを減らし、必要な時に必要なだけの整備を行うことで、整備にかかるコストを最適化します。
・地上業務の省人化・効率化:自動チェックイン機や自動手荷物預け機、顔認証ゲートなどの導入により、地上スタッフの業務負担を軽減し、人件費を削減します。
・レベニューマネジメントの高度化:AIによる高精度な需要予測に基づいて、座席の価格を最適化することで、収益の最大化を図ります。
・バックオフィス業務の効率化:乗務員のスケジュール作成や、経理・人事といった間接部門の業務を、システム導入やRPAによって自動化・効率化します。
航空DX推進における課題と障壁
社会インフラとしての重要な役割を担い、極めて高い安全性が求められる航空業界。そのDX推進には、技術的な難易度やコスト面に加え、安全性、セキュリティ、そして国際的な連携といった、業界特有の高いハードルが存在します。
極めて高い安全性・信頼性への要求
航空業界では、人命を預かるという性質上、新しい技術やシステムの導入に対して、極めて厳格な安全基準のクリアと、十分な期間をかけた実証実験が求められます。
例えば、運航制御システムや整備システムなど、安全に直結する領域へのAI技術の導入には、その判断の根拠や信頼性をどのように担保するのか、万が一誤作動した場合のバックアップ体制はどうするのか、といった点を徹底的に検証する必要があります。この安全性の確保を最優先する姿勢が、他の産業に比べてDXの導入スピードを慎重にさせる要因となる場合があります。
サイバーセキュリティリスクへの対応
航空機や空港のシステムが高度にネットワーク化され、外部と接続されるようになると、サイバー攻撃のリスクも同時に増大します。
もし、航空機の運航システムや、航空管制システムがサイバー攻撃を受け、不正に操作されたり、機能不全に陥ったりした場合、その影響は極めて甚大であり、多数の人命に関わる大惨事に繋がりかねません。また、予約システムに保存されている膨大な顧客の個人情報(パスポート情報などを含む)も、攻撃者にとって魅力的な標的となります。
そのため、航空DXを推進する上では、システム設計の段階から運用に至るまで、国家レベルでの協力も含めた、極めて高度で多層的なサイバーセキュリティ対策を講じることが、絶対的な前提条件となります。
巨大で複雑なレガシーシステムの存在
多くの伝統的な航空会社では、予約・発券システム(CRS/GDS)、運航管理システム、整備管理システムといった基幹システムが、数十年にわたって利用され、度重なる改修によって巨大かつ複雑化しています(レガシーシステム)。
これらのシステムは、多くの場合、古い技術基盤で構築されており、新しいデジタル技術(例えば、クラウドやAI、API連携など)との連携が困難であったり、少しの変更にも多大な時間とコストがかかったりするため、DX推進の大きな足かせとなっています。レガシーシステムから、より柔軟で拡張性の高い次世代システムへと移行することは、航空DXにおける重要な技術的課題です。
国際的な標準化とデータ連携の壁
航空業界は、本質的に国境を越えたグローバルな連携なしには成り立ちません。異なる国の航空会社、空港、航空管制機関、旅行代理店などが、日々密接に連携し、情報を交換しながら運航を行っています。
そのため、DXを効果的に推進するためには、異なる国や企業間で、システムやデータをスムーズに連携させるための、国際的な標準規格の策定と普及が不可欠となります。例えば、顔認証による搭乗手続き(One ID)を実現するためには、各国の出入国管理システムとの連携や、個人情報保護に関する国際的なルール作りが必要です。このような国際的な標準化と合意形成には、多くの時間と調整を要することが、DX推進の課題となる場合があります。
DXを推進できる専門人材の不足
航空DXを企画し、主導していくためには、航空業務(運航、整備、旅客サービスなど)に関する深い専門知識と、データサイエンス、AI、クラウド、サイバーセキュリティといったデジタル技術に関する知識の両方を併せ持つ、分野横断的な人材が必要です。
しかし、そのような高度なスキルセットを持つ人材は、社会全体で圧倒的に不足しており、航空業界においても深刻な人材不足が課題となっています。特に、安全に対する深い理解を持ちながら、新しい技術を導入し、変革をリードできる人材の確保・育成は、業界全体の大きな挑戦です。
航空DXの推進のステップ
航空DXは、安全性への影響を常に考慮しながら、長期的な視点を持ち、関係者を巻き込みながら段階的に進めることが成功の鍵となります。
1. 経営層によるDXビジョンと重点領域の特定
全てのDX活動と同様に、航空DXにおいても、まず経営層が主体となり、「自社はDXによって、顧客にどのような新しい価値や体験を提供したいのか」「将来、どのような航空会社・空港でありたいのか」という明確なビジョンを描き、それを全社に共有することが最初のプロセスです。
そして、そのビジョンを実現するために、顧客体験の向上、運航効率の改善、整備の高度化、新たな収益源の創出など、どの領域から重点的にDXに取り組むのか、戦略的な優先順位を決定します。
2. 解決すべき課題の特定と目標設定
特定した重点領域において、現状の業務プロセスを詳細に分析し、DXによって解決すべき具体的な課題を特定します。例えば、「チェックインカウンターでの待ち時間が長い」「整備作業に時間がかかりすぎている」「燃料消費量が多い」といった課題です。
そして、その課題に対して、「いつまでに、何を、どのレベルまで達成するか」という具体的で測定可能な目標(KPI)を設定します。例えば、「チェックイン時間を平均〇分短縮する」「整備作業時間を〇%削減する」「燃料消費量を〇%削減する」といった目標です。
3. スモールスタートでの実証実験(PoC)
最初から全ての空港や全ての機材、全ての業務プロセスを一気に変革しようとするのは、リスクが高すぎます。特に安全性が最優先される航空業界においては、まずは特定の路線や、特定の機材、あるいは特定の業務に限定して、新しい技術やプロセスを比較的小規模な範囲で試行する「スモールスタート」のアプローチが不可欠です。
PoC(Proof of Concept:概念実証)と呼ばれるこの段階で、導入しようとしている技術が実際に現場で有効に機能するのか、期待した効果(例:時間短縮、精度向上)が得られるのか、そして何よりも安全性に問題はないのかを慎重に検証します。
4. データ基盤の整備と人材育成
スモールスタートでの実証実験と並行して、将来的に航空機、空港、顧客などから得られる様々なデータを、部門横断で統合し、分析・活用するためのデータ基盤(データプラットフォーム)を整備することも、中長期的な視点で非常に重要です。
同時に、これらのデータを使いこなし、ビジネス価値に繋げることができる人材の育成(リスキリング)も計画的に進める必要があります。データサイエンティストのような高度専門人材の確保と並行して、運航管理者、整備士、地上スタッフといった現場の従業員が、基本的なデータリテラシーを身につけるための教育プログラムを実施します。
5. 本格展開と継続的な改善
実証実験(PoC)で有効性と安全性が確認され、改善された技術やプロセスを、対象範囲を他の路線や空港、業務へと段階的に広げ、本格的に展開していきます。
ただし、導入して終わりではありません。導入後も、設定したKPIに基づいてその効果を継続的に測定し、評価します。また、技術は常に進化し、市場環境も変化するため、安全性と効率性を両立させながら、継続的にプロセスやシステムを見直し、改善していくというPDCAサイクルを回し続けることが重要です。
【企業別】航空DXの先進的な取り組み事例
課題はあるものの、国内外の多くの航空会社や空港運営会社は、それぞれの強みや経営戦略に基づき、DXを積極的に推進し、次世代の空の移動の実現を目指しています。
【航空会社の事例】全日本空輸株式会社(ANA)
ANAは、安全運航の基盤となる整備領域においてDXを積極的に推進しています。航空機に搭載されたセンサーから得られる膨大なデータをリアルタイムで分析し、部品の劣化や故障の兆候を事前に検知する「予知保全」の仕組みを構築・運用しています。また、整備士が装着するAR(拡張現実)グラスを通じて、遠隔地にいる熟練技術者からリアルタイムで指示や支援を受けられるシステムを導入し、整備作業の効率化と品質向上を図っています。
顧客サービス領域においては、成田空港や羽田空港で、顔認証技術を活用した搭乗手続きシステム「Face Express」の実証実験を進めるなど、よりスムーズで快適な顧客体験の実現を目指しています。
【航空会社の事例】日本航空株式会社(JAL)
JALは、特に運航効率の改善と収益性の向上に繋がるDXに力を入れています。AIを活用して、過去の膨大な予約・搭乗データや市場動向を分析し、将来の旅客需要を高精度で予測するシステムを導入。この予測に基づいて座席の価格を最適化するレベニューマネジメントを高度化させています。
また、気象データや機体性能などを考慮して最適な運航計画(飛行ルート、高度、速度など)をAIが算出するシステムを導入し、定時運航率の向上と燃料消費量の削減(燃費改善)にも積極的に取り組んでいます。
【空港運営の事例】成田国際空港株式会社
日本の空の玄関口である成田国際空港は、「スマートエアポート」の実現を掲げ、旅客の利便性向上と空港運営の効率化を目指したDXを推進しています。
ANAやJALと連携し、顔認証技術を活用した搭乗手続き「OneID」の導入を進め、チェックインから搭乗までのプロセスをよりスムーズにすることを目指しています。また、旅客が自身で手荷物を預けられる自動手荷物預け機の導入や、手荷物を運搬する搬送システムの自動化なども進めています。
さらに、空港内での案内や清掃を行うロボットの活用も積極的に試行しています。
まとめ
本記事では、航空DXについて、その基本的な意味から必要性、主要技術、導入メリット、そして推進における課題や成功事例まで、網羅的に解説しました。
航空DXとは、デジタル技術とデータを活用して、航空輸送の安全性、定時性、顧客満足度を向上させるとともに、業務効率化と新たな価値創造を目指す、業界全体の経営変革です。CASEというメガトレンドへの対応、深刻化する人手不足、そしてカーボンニュートラルへの要請といった、航空業界が直面する大きな課題に対応するため、その推進は不可欠となっています。
IoTによるデータ収集、AIによる分析・予測、生体認証によるプロセス効率化などがその変革を支えます。一方で、極めて高い安全性への要求やサイバーセキュリティ、国際的な標準化といった、航空業界特有の高いハードルも存在します。これらの課題を乗り越え、経営層の強いリーダーシップのもと、安全性を最優先しながら段階的にDXを推進していくことが、これからの航空業界の持続的な発展のための鍵となるでしょう。
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国内外のDX成功事例30選|日本と海外の差は?IPAのDX白書のポイント・面白い事例まで解説【2025年最新動向】
DX成功事例30選を国内外(日本・米国・欧州)の最新動向とともに徹底解説。IPA「DX白書」から読み解く日本企業の課題や、Amazon、ユニクロ、スシローなど身近で面白い事例から、成功の共通点と推進ステップまで網羅します。
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シンガポールDX成功の理由|スマートネーションや先進事例、課題まで解説
シンガポールDXの核心「スマートネーション構想」から、Singpass、DBS銀行、Grabなどの先進事例、さらに日本企業が学ぶべきポイントまで解説。なぜシンガポールは世界屈指のデジタル先進国になれたのか、その国家戦略の全貌と直面する課題に迫ります。
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食品業界のDXとは?人手不足・食品ロスなどの課題や解決策、成功事例12選
食品業界のDXとは何か、人手不足や食品ロス、HACCP対応といった課題解決の切り札となるデジタル活用法を徹底解説。スシロー、キユーピーなどの成功事例12選とともに、導入が進まない理由や成功への5ステップも紹介します。
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製造業DXの成功事例15選|課題・技術別のメリット、進まない理由を解説
製造業DXの成功事例15選を課題・技術別に徹底解説。トヨタ、ダイキンなどの大手企業から学ぶ、AI・IoT活用のメリットや、DXが進まない理由と解決策まで、現場目線で詳しく紹介します。
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工場へのAI導入ガイド|外観検査・予知保全からメリット、7つの活用例、課題まで解説
工場へのAI(人工知能)導入を検討する企業向けに、外観検査、予知保全、生産最適化など7つの具体的な活用事例を徹底解説します。人手不足や品質向上といった背景から、メリット、導入で直面する3つの課題、そして失敗しないための5ステップを紹介します。
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銀行DXとは?なぜ進まない?課題、国内外の事例、成功のポイントを解説
銀行DX(デジタルトランスフォーメーション)とは何か、なぜ今進まないのかという課題に焦点を当て、その背景、メリット、国内外の具体的な取り組み事例を徹底解説します。レガシーシステム、デジタル人材、顧客起点といった重要キーワードから、銀行DXを成功させるための5つの鍵を紹介します。
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物流自動化とは?7つの自動化システム、メリット・費用、導入の全ステップをを解説
物流自動化とは何か、導入が急務とされる社会的背景から、WMS・自動倉庫・AGV/AMRなどの7つの主要システムと機器を解説します。また、導入費用目安、成功事例、そして失敗しないための5ステップをプロが詳しく紹介します。
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物流ロボットとは?工程別の種類・メリット・主要メーカーを解説【2025年最新】
物流ロボット(AGV/AMR/GTPなど)とは何か、その種類・メリット・導入ステップを徹底解説します。2024年問題や人手不足といった背景から、工程別の主要なロボットの機能、導入成功事例、そして失敗しない選び方と主要メーカーをプロが紹介します。
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農業の自動化とは?メリット・デメリットと実現する技術7選、導入事例まで解説
農業の自動化について、その目的からメリット・デメリット、具体的な技術(ドローン、自動走行トラクター等)や導入事例、活用できる補助金までを分かりやすく解説します。人手不足や高齢化の課題解決に繋がります。