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農業DXとは?将来の動向や事例で学ぶスマート農業の始め方と課題

農業DXとは何か、その意味とスマート農業との違いを徹底解説。なぜ今農業のDX化が急務なのか、その背景にある担い手不足や技術継承の課題、IoT・AI・ロボットといった実現技術、導入ステップを網羅します。

目次

  1. 農業DXとは?
  2. なぜ今、農業のDX化が急務なのか?
  3. 農業DXを実現する主要なテクノロジー
  4. 農業DXがもたらす4つの主要なメリット
  5. 農業DX推進における課題と乗り越え方
  6. 農業DXの始め方 | 中小規模農家向け導入ステップ
  7. 政府・農林水産省のDX推進政策
  8. 農業DXの先進的な企業・自治体事例
  9. まとめ

「農業DX」という言葉を耳にする機会が増えています。日本の食料供給を支える基幹産業である農業もまた、デジタル技術を活用した大きな変革期を迎えています。多くの農業関係者が「スマート農業と同じこと?」「具体的に何が変わるの?」「うちのような小規模農家でもできるのだろうか」という期待と疑問を抱いているのではないでしょうか。

農業DXは、単に新しい機械を導入することではありません。日本の農業が抱える構造的な課題を解決し、食料の安定供給と持続可能な農業経営を両立させるための、避けては通れない取り組みです。

この記事では、農業DXの基本的な意味や急務とされている理由、それを支える主要な技術、具体的なメリットや導入ステップなどを分かりやすく解説していきます。

農業DXとは?

農業DXとは、AIやIoT、ロボット技術といったデジタル技術を全面的に活用して、農作物の生産現場から収穫後の加工、流通、そして最終的な消費者への販売に至るまでの食農サプライチェーン全体を変革することを指します。

これまで経験や勘に頼ることが多かった農業の様々な側面に、データに基づいた科学的なアプローチを取り入れることで、生産性の向上や品質の安定、労働負担の軽減、そして環境負荷の低減といった持続可能性の実現を目指す取り組みです。

基本的な定義と目的

農業DXが目指す究極的な目的は、デジタル技術を最大限に駆使することで日本の農業が抱える以下のような複合的な課題を解決し、将来にわたって国民への食料供給責任を果たし、かつ農業が魅力ある成長産業として発展していくための土台を築くことにあります。

・食料の安定供給:気候変動や労働力不足といったリスクに対応し、食料の生産量を維持・向上させる。

・農業経営の効率化と収益性向上:生産コストを削減し、データに基づいた的確な経営判断を可能にすることで、農業経営の安定化を図る。

・環境負荷の軽減:農薬や化学肥料の使用量を最適化し、水資源を有効活用するなど、環境保全に配慮した持続可能な農業を実現する。

・食の安全・安心の確保:生産履歴の透明性を高め、消費者からの信頼を獲得する。

・地域社会の活性化:農業を起点とした新たなビジネスを創出し、地方の雇用維持や経済活性化に貢献する。

「スマート農業」との違い

農業分野のデジタル活用を語る上で、「スマート農業」という言葉も広く使われています。農業DXとスマート農業は密接に関連していますが、その指し示す範囲には違いがあります。

スマート農業は、主にロボットトラクターやドローン、環境センサー、自動水管理システムといった先端技術やICTを農作物の生産現場に導入し、作業の省力化や精密化、高品質化を図る技術や手法そのものを指すことが多いです。例えば、GPSを活用した無人トラクターによる耕うん作業や、ドローンによる農薬散布などがスマート農業の具体的な技術例です。

一方農業DXは、これらのスマート農業技術の導入を前提としつつ、さらにその先を目指す概念です。スマート農業技術によって得られた圃場のデータや生育データ、作業履歴データなどを活用して、栽培計画の最適化や経営判断の高度化、さらには流通・販売プロセスまで含めたサプライチェーン全体の最適化を図る、より広範な経営変革を指します。スマート農業が生産現場のデジタル化に焦点を当てているのに対し、農業DXは農業経営全体のデジタル変革を目指すより上位の概念と捉えることができます。

従来の「IT化」との違い

農業分野においても、以前から会計ソフトの導入や、インターネットを使った情報収集といった「IT化」は行われてきました。しかし、従来のIT化と農業DXの間にも、その目指すレベルに大きな違いがあります。

従来のIT化は、主に会計処理や顧客管理といった、既存の事務作業や管理業務をデジタルツールに置き換えることで、部分的な効率化を図ることに主眼が置かれていました。これは、個別の業務を改善する取り組みであり、農業経営全体の構造を変えるものではありませんでした。

一方、農業DXは、これらの部分的なIT化も含みつつ、生産現場で得られるデータ(土壌、気象、生育状況など)、作業記録データ、市場の需要データ、販売データなどを、可能な限り一気通貫で連携させ、活用することを目指します。例えば、AIが市場の需要を予測し、その予測に基づいて最適な作付け計画や出荷計画を立案したり、生産履歴データを消費者に直接提供して付加価値を高めたりするなど、データ活用を前提とした新しい農業経営のあり方や、ビジネスモデルそのものを変革することを目指す点が、従来のIT化との決定的な違いです。

なぜ今、農業のDX化が急務なのか?

日本の農業は、食料供給という国民生活の根幹を支える重要な産業でありながら、その持続可能性を脅かす、いくつかの深刻な構造的課題に長年直面してきました。これらの課題は年々深刻さを増しており、その解決策としてDXによる抜本的な改革が不可欠となっているのです。

深刻化する担い手不足と高齢化

日本の農業が抱える最も深刻な課題が、農業従事者の急速な減少とその平均年齢の上昇です。農林水産省の統計によれば、基幹的農業従事者の数は年々減少し続けており、その平均年齢は60代後半に達しています。若者の新規就農者も増えてはいるものの、離農者の数を補うには至っていません。

このままでは、耕作放棄地がさらに増加し、日本の食料自給率が低下するだけでなく、地域社会の維持そのものが困難になるという危機感が広がっています。この構造的な担い手不足を解決するためには、ロボット技術や自動化技術を導入し、一人あたりの作業効率を飛躍的に高める省人化が不可欠です。農業DXは、この課題に対する最も有力な解決策として期待されています。

経験と勘に依存する属人化からの脱却

農業は天候や土壌といった自然条件に大きく左右される産業であり、作物の生育管理や収穫時期の判断、品質の見極めなど、多くの場面で長年の経験を持つ熟練農業者の経験や勘といった、個人の暗黙知に頼っている部分が依然として多く残っています。

これは、高品質な農産物を生み出す源泉である一方で、その高度な技術やノウハウがマニュアル化されにくく、若手や新規就農者に継承されにくいという大きな課題も生み出しています。また、経験豊富な農業者の引退とともに、貴重な知見が失われてしまうリスクもあります。

農業DXによって、圃場の環境データや作物の生育状況、熟練者の作業内容などをセンサーやカメラでデータとして見える化し、AIなどで分析することで、これまで暗黙知であったノウハウを、誰もが理解・活用できる形式知へと変換することが可能になります。これにより、経験の浅い農業者でも、データに基づいた科学的な栽培管理を行うことができるようになり、技術継承の促進と農業全体のレベルアップが期待されます。

食料安全保障と持続可能性への要請

近年の異常気象の頻発や世界的な人口増加、そして国際情勢の不安定化などを背景に、食料を安定的に確保することの重要性、すなわち「食料安全保障」に対する社会的な関心が改めて高まっています。食料の多くを輸入に頼る日本にとって、国内での食料生産基盤を維持・強化することは、国家的な重要課題です。

同時に、環境問題への意識の高まりから、農薬や化学肥料の使用量を削減したり、水資源を有効活用したり、温室効果ガスの排出を抑制したりといった、環境負荷の少ない持続可能な農業への転換も社会から強く求められています。

農業DXは、これらの要請に応える上でも重要な役割を果たします。データに基づいた精密な栽培管理は、資源の無駄遣いを減らし、環境負荷を低減します。また、気象変動に左右されにくい植物工場の技術なども、食料の安定供給に貢献します。

農業DXを実現する主要なテクノロジー

農業DXは、単一の技術で実現されるものではありません。以下に示すような複数のデジタル技術がそれぞれの役割を果たしながら連携することで、その全体像が形作られます。

IoTセンサー・ドローン

IoT技術は、農業現場の様々な情報をデジタルデータとして収集するための「目」や「耳」の役割を果たします。

・圃場センサー:田畑に設置され、土壌の水分量、温度、pH(酸性度)、EC(電気伝導度、肥料濃度の目安)といった土壌環境データを継続的に計測します。また、気温、湿度、日射量といった気象データを計測するセンサーもあります。

・生育センサー:作物の葉の色や茎の太さなどを非接触で計測し、生育状況や栄養状態を把握します。

・ドローン(UAV):上空から圃場全体を撮影し、作物の生育ムラや病害虫の発生箇所を特定したり、あるいは農薬や肥料をピンポイントで散布したりします。高精度な測量にも活用されます。

・家畜センサー:牛などの家畜に取り付けられ、活動量や体温などを監視し、発情や病気の兆候を早期に検知します。

これらのセンサーやドローンが収集したデータが、後述するAI分析などの基盤となります。

AI(人工知能)

AIは、IoTなどで収集された膨大なデータを分析し、人間だけでは困難な高度な判断や予測を行う「頭脳」の役割を担います。農業分野においては、以下のような多様な応用が進んでいます。

・生育予測・収穫時期予測:気象データや生育センサーのデータ、過去の栽培データなどを学習し、作物の将来の生育状況や最適な収穫時期を高精度で予測します。

・病害虫診断:ドローンやスマートフォンで撮影した作物の画像をAIが解析し、病気や害虫の種類を特定して、適切な対策を提案します。

・収穫量予測:生育状況のデータや気象予測などから、将来の収穫量を高い精度で予測します。これにより、販売計画や人員配置の最適化が可能になります。

・自動選果:収穫された野菜や果物の画像をAIが解析し、大きさや色、形、傷の有無などに基づいて、自動で等級を判別し、仕分けします。

ロボット技術・自動運転

ロボット技術は、農業現場における「手足」として、これまで人手に頼ってきた様々な作業を自動化し、省力化を実現します。

・ロボットトラクター・田植機・コンバイン:GPSなどの位置情報システムと連携し、人間が搭乗せずに、あるいは監視するだけで、耕うんや代かき、田植え、稲刈りといった作業を自動で行います。高精度な作業により、収量の向上も期待されます。

・自動収穫ロボット:カメラやセンサーで果物や野菜の位置、熟度などを認識し、ロボットアームで傷つけずに収穫します。特に、収穫作業は人手を要する工程であるため、その自動化への期待は大きいです。

・除草ロボット:圃場を自律走行し、雑草を認識して除去します。農薬使用量の削減に繋がります。

・ドローンによる農薬・肥料散布:広大な圃場に対して、ドローンを使って短時間で均一に農薬や肥料を散布します。作業者の負担軽減と、散布量の最適化に貢献します。

農業管理システム(FMS)

農業管理システム(FMS)は、農業経営に関わる様々な情報をクラウド上で一元的に管理し、データに基づいた経営判断を支援するソフトウェアプラットフォームです。

・生産計画:どの圃場で、何を、いつ、どれだけ作付けするかの計画を立案・管理します。

・作業記録:いつ、誰が、どの圃場で、どのような作業(種まき、施肥、農薬散布、収穫など)を行ったかを記録します。

・コスト管理:肥料代、農薬代、人件費、燃料費といった、生産にかかるコストを記録・集計します。

・出荷・販売管理:収穫した農産物の出荷先や販売価格、在庫状況などを管理します。

・データ分析・レポート:収集した各種データを分析し、圃場ごとの収益性や、作業効率などを可視化するレポート機能を提供します。

これらの情報を一元管理することで、経営者は勘や経験だけに頼るのではなく、客観的なデータに基づいてより的確な経営判断を下すことが可能になります。

農業DXがもたらす4つの主要なメリット

農業DXを計画的に推進することで、個々の農家や農業法人はもちろん、日本の農業全体ひいては社会全体に対して多岐にわたる重要なメリットがもたらされます。

1. 生産性の飛躍的な向上と省力化

農業DXによる最も直接的で大きなメリットは、生産性の向上と省力化です。ロボット農機による作業の自動化は、人間の作業時間を大幅に削減します。また、センサーデータやAI分析に基づいて、水や肥料、農薬などを最適なタイミングで最適な量だけ供給する精密農業は、作物の生育を最大化し、単位面積あたりの収穫量を向上させます。これにより、少ない労働力でもより多くの、そしてより高品質な農産物を生産することが可能になります。

2. 技術継承と新規就農の促進

これまで熟練農業者の経験や勘に大きく依存していた栽培管理や品質判断のノウハウを、センサーデータやAI分析によってデータ化・可視化することで、形式知として継承していくことが可能になります。これにより、経験の浅い若手の農業者や新たに農業を始めようとする新規就農者でも、短期間で質の高い農業技術を習得して安定した経営を実践しやすくなります。これは、農業の担い手不足という深刻な課題に対する有効な解決策となります。

3. データに基づいた精密農業(Precision Farming)の実現

精密農業(Precision Farming)とは、圃場内の場所ごとの土壌の状態や作物の生育状況の違いをセンサーやドローンなどを使って詳細に把握し、そのデータに基づいて必要な場所に必要な量だけ水や肥料、農薬などを供給する、極めて効率的で環境にも配慮した農業の手法です。

農業DXは、この精密農業を高いレベルで実現するための基盤となります。データに基づいたきめ細やかな管理により肥料や農薬の過剰な投入を防ぎ、生産コストを削減すると同時に、土壌汚染や水質汚染といった環境への負荷を低減することができます。

4. 食の安全・安心とトレーサビリティの確保

農業DXによって、種まきや植え付けから日々の栽培管理、収穫、そして出荷に至るまでの全ての作業履歴が、デジタルデータとして正確に記録されるようになります。

この生産履歴データを、QRコードなどを通じて流通業者や最終消費者に対して透明性高く提供することで、食の安全性に対する信頼を高めることができます。万が一、食中毒などの問題が発生した場合でも、原因となった農産物の生産履歴を迅速に追跡し、原因究明や回収を効率的に行うことが可能になります。

農業DX推進における課題と乗り越え方

大きな可能性を秘める農業DXですが、その普及と定着には、特に日本の農業が抱える構造的な問題とも関連するいくつかの乗り越えるべきハードルが存在します。

高額な初期投資と費用対効果

ロボットトラクターやドローン、高度な環境制御システムといったスマート農業機器の導入には、多くの場合、数百万円から数千万円単位の高額な初期投資が必要となります。特に、経営規模が比較的小さい個人経営の農家にとっては、この投資負担がDX導入の最大の障壁となる場合があります。

また、導入した機器が具体的にどの程度の期間で投資を回収できるのか、その費用対効果を事前に正確に見積もることが難しいという課題もあります。天候不順など農業経営には不確実な要素が多いため、投資判断を躊躇させる要因となっています。

乗り越え方としては、後述する国や自治体の補助金・支援制度を積極的に活用することや、初期投資を抑えられるリース契約、サービス利用型のモデルなどを検討することが考えられます。また、地域内の複数の農家が共同で機器を導入・利用するといった協業モデルも有効な場合があります。

地域におけるITリテラシーの格差

農業従事者の高齢化が進んでいることもあり、スマートフォンやパソコン、新しいソフトウェアといったデジタルツールを使いこなすためのITリテラシーには、個人差が大きいのが現状です。新しい技術の導入に対して、「操作が難しそう」「覚えるのが大変だ」といった心理的な抵抗感が生まれ、導入の障壁となることがあります。

乗り越え方としては、導入するツールの選定において、操作がシンプルで直感的に使えるものを選ぶことや導入後の操作研修、継続的なサポート体制を提供することが重要です。また、地域のJAや普及指導センターなどがITリテラシー向上のための研修会などを開催することも有効です。

データ標準化と連携の壁

農業DXの効果を最大限に引き出すためには、異なるメーカーの機器や異なるシステムの間でデータをスムーズに連携させ、一元的に活用できることが理想です。

しかし現状では、データのフォーマットや通信規格がメーカーやシステムごとに異なっている場合が多く、相互の連携が困難なケースが少なくありません。このデータ連携の壁を解消するためには、業界全体でデータの標準化を進めていく必要があります。国も「農業データ連携基盤」などを通じて、データ連携の促進に取り組んでいます。

農業DXの始め方 | 中小規模農家向け導入ステップ

DXは、大規模な農業法人だけのものではありません。経営規模が比較的小さい農家でも、自社の課題に合わせてスモールスタートで着実にDXを始めることが可能です。

目的と課題の明確化

まず最初に、「DXを通じて、自らの農業経営の何を改善したいのか」という目的と課題を明確にすることが最も重要です。「特定の作業の負担を減らしたいのか」「収穫量を安定させたいのか」「新たな販路を開拓したいのか」など具体的な課題を特定することで、導入すべき技術やツールの選択肢が絞られてきます。

データの収集と可視化から始める

高価なロボット農機をいきなり導入するのはハードルが高い場合でも、まずは比較的安価なセンサーや普段使っているスマートフォンアプリなどを活用して、圃場の環境や日々の作業記録、経費などをデータとして記録し、見える化することから始めるのが有効です。

これまで感覚的に捉えていたものが客観的なデータとして可視化されることで、新たな気づきや改善点が見えてくることがあります。例えば、作業日誌アプリで記録をつけるだけでも、どの作業にどれくらいの時間がかかっているかが明確になり、効率化のヒントが得られます。

補助金・支援制度の活用

スマート農業機器の導入や関連するシステムの利用には、国や都道府県、市町村が提供する、様々な補助金や助成金制度を活用できる場合があります。これらの支援制度を積極的に情報収集し活用することで、初期投資の負担を大幅に軽減することが可能です。地域のJAや農業支援センター、あるいは機器メーカーの担当者などに相談してみると良いでしょう。

政府・農林水産省のDX推進政策

日本政府も食料安全保障や農業の持続可能性といった観点から農業DXの推進を国家的な重要政策と位置づけ、様々な施策を通じて強力に後押ししています。

「スマート農業実証プロジェクト」の概要

農林水産省が2019年度から主導しているのが「スマート農業実証プロジェクト」です。これは、全国各地の実際の圃場において、ロボット技術やAI、IoTといった先端的なスマート農業技術を導入し、その技術的な効果や経営的な効果を具体的に検証する大規模な実証実験プロジェクトです。

このプロジェクトで得られた成果や導入にあたっての課題、成功のためのノウハウなどは広く一般に公開されており、これからスマート農業に取り組もうとする農業者にとって、非常に貴重な情報源となっています。

農業DX構想

さらに農林水産省は、より中長期的な視点での「農業DX構想」を2021年に策定しました。これは、単に生産現場のスマート化に留まらず、農業の現場から行政手続き、食品加工・流通、そして最終的な消費者に至るまで、フードサプライチェーン全体のあらゆるデータを連携させ活用することで、日本の農業全体の変革と新たな価値創造を目指す壮大な構想です。この構想の実現に向けて、データ連携基盤の整備などが進められています。

農業DXの先進的な企業・自治体事例

課題はあるものの、国内外の多くの企業や自治体が農業DXを積極的に推進し、大きな成果を上げ始めています。

【大規模農業の事例】株式会社クボタ

農業機械メーカー最大手のクボタは、GPSを活用した自動運転トラクターやコンバインといったハードウェアの開発・提供だけでなく、営農支援システム「KSAS」というソフトウェアプラットフォームも提供しています。KSASは農機の稼働データや圃場の情報、作業記録などをクラウド上で一元管理し、データに基づいた効率的な営農を支援します。クボタは、ハードとソフトの両面から日本のスマート農業をリードする存在です。

【野菜生産の事例】株式会社サラダボウル

サラダボウルは、山梨県などを拠点に、オランダ式の巨大な太陽光利用型植物工場でトマトやパプリカといった野菜の大規模生産を行っています。同社の強みは、工場内の温度や湿度、CO2濃度、日射量といった環境データをセンサーで精密に計測し、コンピュータで最適な状態に自動制御する高度な環境制御システムと、収集した膨大なデータを分析して栽培方法の改善に繋げるデータ活用能力にあります。これにより、天候に左右されずに、高品質な野菜を年間を通じて計画的に生産・出荷することを実現しています。

【稲作の事例】株式会社オプティム

IT企業のオプティムは、AIとドローン技術を組み合わせた、新しい形の農業支援サービスを提供しています。代表的なものが、ドローンで水田を上空から撮影してその画像をAIが解析することで、雑草が生えている場所だけをピンポイントで特定してその場所にのみ農薬を自動散布するサービスです。これにより、農薬の使用量を慣行栽培に比べて大幅に削減できるため、環境負荷の低減と生産コストの削減、そして消費者が求める安全・安心な米作りを同時に実現できます。

【自治体の事例】宮崎県 新富町

宮崎県の中部に位置する新富町は農業が基幹産業ですが、他の多くの地方と同様に、高齢化や後継者不足といった課題に直面していました。この状況を打開するため、町は2017年に地域商社「こゆ財団」を設立。この財団が中心となり、地域の農産物を都市部の消費者に直接販売するためのECサイトの運営やSNSを活用した情報発信、ふるさと納税の強化といった、デジタル技術を活用した販路開拓に積極的に取り組みました。

さらに、データに基づいた栽培指導や経営分析を通じて、新規就農者の育成にも力を入れています。これらの取り組みにより、新富町は「稼げる農業」のモデルケースとして全国から注目を集め、移住者の増加や地域経済の活性化にも繋がっています。

まとめ

本記事では、農業DXについて、その基本的な意味から必要性、主要技術、導入メリット、そして推進における課題や成功事例までを網羅的に解説しました。

農業DXとは、AIやIoT、ロボットといったデジタル技術を活用し、生産から販売までのプロセス全体を変革することで、日本の農業が抱える担い手不足や技術継承といった構造的な課題を解決して持続可能な成長産業へと転換していくための重要な取り組みです。

その推進は、単に効率化や省力化を実現するだけでなく、データに基づいた精密農業による環境負荷の低減や生産履歴の透明化による食の安全・安心への貢献といった、社会的な価値も生み出します。導入コストやITリテラシーといった課題は存在するものの、国や自治体の支援制度も活用しながら、まずは自社の課題解決に繋がる領域からスモールスタートでDXに着手することがこれからの農業経営において不可欠と言えるでしょう。

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