自治体DXという言葉が、行政関係のニュースや資料で頻繁に登場するようになりました。国を挙げてその推進が叫ばれていますが、「具体的にどのような取り組みなのか」「これまでのIT化と何が違うのか」「私たちの暮らしはどう変わるのか」といった疑問をお持ちの方も多いのではないでしょうか。

自治体DXは、単に行政手続きをオンライン化するだけではありません。それは、私たちが受ける行政サービスのあり方、そして自治体職員の働き方そのものをデジタル技術によって根本から変革しようとする、非常に広範で重要な取り組みです。

この記事では、そんな自治体DXの基本的な意味から、なぜ今それが急務とされているのか、政府が主導する具体的な施策、そして全国の自治体における先進的な取り組み事例や推進上の課題までを分かりやすく解説していきます。

自治体DXとは、デジタル技術やデータを活用して、住民へのサービス提供や行政内部の運営を根本から変革することを指します。その目的は、住民一人ひとりのニーズに合ったより利便性の高い行政サービスを実現するとともに、行政運営そのものを効率化し、質の高い持続可能な地域社会を築くことにあります。

これは、単に新しいITツールを導入することに留まるものではありません。デジタル技術の活用を前提として、既存の業務プロセスや組織のあり方、さらには職員の意識までも変革していく総合的な取り組みです。国が定めた基本方針に基づき、規模の大小を問わず、全国全ての地方自治体で取り組むべき重要な経営課題として位置づけられています。

自治体DXが目指す大きな方向性は、主に二つあります。

一つは、住民中心の行政サービスへの転換です。これまでのように、住民が役所の窓口に出向いて紙の書類に記入するといった、行政側の都合に合わせたサービス提供から脱却します。スマートフォンなどを活用し、時間や場所を選ばずにオンラインで手続きが完結したり、個々の住民の状況に合わせて必要な情報がプッシュ型で届いたりするなど、住民一人ひとりの利便性を最大限に高めることを目指します。

もう一つは、行政内部の業務効率化と生産性向上です。紙ベースの作業や部署間の非効率な連携などを、デジタル技術で改善・自動化します。これにより、限られた人員でも質の高い行政サービスを提供し続けられる体制を構築するとともに、職員が単純作業から解放され、より住民と直接向き合う業務に注力できるようにすることを目指します。

行政のデジタル化という言葉を聞くと、2000年代初頭から進められてきた「電子自治体」の取り組みを思い浮かべる方もいるかもしれません。しかし、自治体DXと従来の電子自治体には、その目指すところに根本的な違いがあります。

従来の電子自治体は、主に既存の窓口業務や紙ベースで行われていた申請手続きなどを、そのままオンラインシステムに置き換えるIT化に主眼を置いていました。例えば、住民票の写しをオンラインで請求できるようにしたり、行政情報をウェブサイトで公開したりといった取り組みです。これは、あくまで既存業務のデジタルへの置き換えであり、業務プロセスそのものの見直しには必ずしも繋がっていませんでした。

一方自治体DXは、単なるデジタルへの置き換えに留まりません。デジタル技術の活用を前提として、そもそもその業務プロセス自体が必要なのか、もっと効率的な方法はないのかといった業務改革を徹底的に行うことを重視します。そして、業務プロセスだけでなく、組織の縦割り構造や関連する条例・規則といった制度まで含めて見直し、行政サービス全体のあり方を変革することを目指します。IT化が手段であったのに対し、自治体DXは変革そのものを目的としている点が根本的な違いと言えます。

自治体DXは単なる努力目標ではなく、日本の多くの自治体が持続可能な行政サービスを維持していくための不可欠な取り組みとして位置づけられています。その背景には、主に以下の3つの大きな社会的・構造的な要因があります。

日本全体で急速に進む少子高齢化は、地方自治体の運営にも深刻な影響を及ぼしています。生産年齢人口（15歳から64歳）の減少により、自治体職員の採用は年々困難になっています。特に小規模な市町村では、将来的な行政サービスの担い手不足が現実的な経営課題です。

一方で、高齢化の進展に伴い、福祉や介護といった分野での行政サービスの需要はますます増大しています。このように、需要が増える一方で供給（担い手）が減っていくという構造的な課題に対応するためには、デジタル技術を活用して、限られた人材でも質の高い行政サービスを維持・向上させていけるよう、徹底的な生産性向上が不可欠なのです。

住民のライフスタイルや価値観は、かつてないほど多様化しています。共働き世帯の増加や単身世帯の増加、外国人住民の増加など地域社会の構成も変化し、行政に求められるサービスも画一的なものではなく、より個別化・複雑化しています。

このような多様な住民ニーズに的確に応えていくためには、行政側もデータに基づいた政策立案が不可欠となります。例えば、地域の人口動態データや住民アンケートの結果などを分析し、客観的な根拠に基づいて、本当に必要とされている施策に資源を集中させるといったアプローチです。

また、オンラインチャネルを活用して、個々の住民の状況に合わせた情報提供や手続きの案内を行うといった、個別最適化されたサービス提供も求められています。

世界的に猛威を振るった新型コロナウイルス感染症の経験は、日本の行政システムのデジタル化の遅れを浮き彫りにしました。例えば、特別定額給付金の申請や支給に時間がかかったこと、保健所と医療機関の間での患者情報の共有が電話やFAXで行われ、迅速な対応が困難だったことなどが大きな課題として指摘されました。

この経験から、感染症のリスクを避けながらも行政サービスを継続できるよう、非接触・非対面で手続きが完結するオンラインサービスの重要性が改めて認識されました。また、自然災害などの非常時においても、被災者に対して迅速な情報提供や支援金の給付を行うためのデジタル基盤を平時から整備しておく必要性が強く認識されるようになりました。自治体DXは、こうした非常時における行政のレジリエンスを高める上でも不可欠な取り組みなのです。

自治体DXは、個々の自治体の自主的な取り組みに委ねるだけでなく、国が強力なリーダーシップを発揮して、全国的な基盤整備や標準化を進めているのが大きな特徴です。これにより、自治体間の格差をなくし、国全体のDXを加速させることを目指しています。

その中心的な指針となっているのが、総務省が2020年12月に策定した「自治体デジタル・トランスフォーメーション（DX）推進計画」です。この計画では、自治体が重点的に取り組むべき事項と、その実現に向けた国による具体的な支援策が示されています。

この計画に基づき、各自治体でもそれぞれの実情に合わせたDX推進計画を策定し、取り組みを進めています。国と地方が一体となってDXを推進していくための、共通のロードマップとしての役割を果たしています。

自治体DX推進計画の中でも、特にインパクトが大きいのが「基幹業務システムの標準化・統一」です。これは、住民記録や税といった住民の暮らしを支える17の基幹的な行政業務システムについて国が機能要件などの標準仕様を策定し、2025年度末までに全国全ての自治体がその標準仕様に準拠したシステムへと移行することを目指すという非常に大規模な取り組みです。

これまで、これらの基幹システムは各自治体が個別、あるいは各ベンダーが独自仕様で開発・運用してきたため、自治体間でのデータ連携が困難だったり、法改正への対応に多大なコストと時間がかかったりといった課題がありました。システムの標準化・統一により、これらの課題を解消し、自治体職員の業務効率化やベンダーロックインからの脱却、そして将来的な行政サービスのスムーズな連携を実現することを目指しています。

上記の基幹業務システムの標準化と密接に関連するのが、ガバメントクラウドの活用です。これは、標準準拠システムを稼働させるためのサーバー基盤として、国が整備するクラウドサービスの利用を原則とするという方針です。

これまで多くの自治体が、自庁舎内にサーバーを設置・管理するオンプレミス型でシステムを運用してきましたが、これには多額の機器購入・維持管理コストや、専門人材の確保といった負担が伴いました。ガバメントクラウドへ移行することで、各自治体が個別にサーバーを管理する負担とコストを大幅に削減し、セキュリティレベルの向上も期待できます。また、災害時における事業継続性の確保にも繋がります。

「自治体DX推進計画」では、前述した基幹業務システムの標準化・統一やガバメントクラウドの活用以外にも、自治体が重点的に取り組むべき事項がいくつか定められています。

オンラインでの行政手続きにおいて、確実な本人確認を行うための基盤となるのがマイナンバーカードです。政府は、このマイナンバーカードの国民への普及を最重要課題の一つと位置づけ、様々な施策を通じてその取得を促進しています。

さらに、カードの利便性を高めるため、健康保険証としての利用（マイナ保険証）の原則化や給付金などを受け取るための公金受取口座の登録、運転免許証との一体化など、その利活用シーンを拡大していく取り組みが進められています。マイナンバーカードがデジタル社会における国民の共通IDとして機能することを目指しています。

住民が役所の窓口に行かなくても、自宅のパソコンやスマートフォンから24時間365日、行政手続きを完結できるオンライン化の推進も重点事項です。

特に、引越し、子育て、介護、死亡・相続といった、住民のライフイベントに関連する手続きを中心に、国のオンラインサービスである「マイナポータル」からワンストップで行える手続きの種類を増やしていくことが目標とされています。これにより、住民の利便性を向上させるとともに、窓口業務の負担を軽減します。

行政内部の業務効率化を加速させるため、AIやRPAといった技術の積極的な活用も推奨されています。

例えば、住民からのよくある問い合わせに対して、AIチャットボットがウェブサイト上で自動応答したり、紙の申請書の内容をAI-OCRで読み取りRPAが基幹システムへ自動でデータ入力したりといった活用が考えられます。これらの技術によって、職員を定型的な作業から解放し、より専門性が求められる業務や住民との対話に時間を充てられるようにすることを目指します。

自治体DXの推進は、単に行政の仕組みが変わるだけでなく、住民や行政職員、そして行政運営そのものに対して具体的で大きなメリットをもたらします

住民にとって最も分かりやすいメリットは、行政サービスの利便性が飛躍的に向上することです。これまで役所の開庁時間に合わせて窓口に出向き、長時間待たされたり、複数の書類に同じような情報を何度も記入したりする必要があった手続きが、スマートフォン一つでいつでもどこでも簡単に行えるようになります。

いわゆる「行かない窓口」「書かない窓口」「待たない窓口」の実現や、個々の状況に応じた行政サービスの情報が適切なタイミングで届くプッシュ型のサービス提供などが進むことで、住民の行政に対する時間的・心理的な負担が大幅に軽減されます。

行政職員にとっても、DXは大きなメリットをもたらします。紙ベースでの申請書の受付やシステムへの手入力、書類の保管・検索といったこれまで多くの時間を費やしてきた手作業が大幅に削減されます。RPAやAIの活用により定型的な業務は自動化され、ヒューマンエラーも減少します。

これにより、職員は単純作業から解放され、より専門的な判断が求められる業務や窓口での丁寧な相談対応、あるいは地域の課題解決に向けた企画立案といった、より創造的で住民と直接向き合う本来の業務に集中できるようになります。これは、職員の働きがい向上や長時間労働の是正にも繋がります。

自治体DXが進むことで、これまで各部署に散在していたり、あるいは活用されずに眠っていたりした様々な行政データ（人口動態、税収、福祉サービスの利用状況、インフラの老朽化状況など）が、収集・分析しやすい形で整備されます。

これらのデータを分析することで、地域の課題を客観的に把握し、その根拠に基づいて、より効果的で効率的な政策を立案・評価する「EBPM」が可能になります。勘や経験だけに頼るのではなく、データという客観的な事実に基づいて施策の優先順位をつけたり、効果を測定したりすることで、限られた行政資源を最大限に有効活用できるようになります。

自治体DXは大きな可能性を秘めている一方で、その推進には多くの自治体が共通して抱える乗り越えるべき高い壁や課題も存在します。

新しいシステムの導入や既存システムの改修には、多額の初期投資と継続的な運用コストがかかります。特に財政基盤が必ずしも盤石ではない小規模な市町村にとって、このコスト負担はDX推進の大きな障壁となります。国の補助金制度なども用意されていますが、全ての費用を賄えるわけではなく、限られた予算の中でどの分野からDXに着手するかの優先順位付けが非常に重要になります。

行政手続きのオンライン化が進む一方で、高齢者や障がいを持つ方などスマートフォンやパソコンといったデジタル機器の利用に不慣れな住民も一定数存在します。これらの人々が、デジタル化の流れから取り残され、必要な行政サービスを受けられなくなる「デジタルデバイド」の問題は、決して看過できません。

自治体DXを推進する際には、オンラインサービスを充実させると同時に、役所の窓口での丁寧なサポート体制を維持したり、スマートフォン教室を開催したりするなど、デジタルに不慣れな住民への配慮を忘れてはなりません。「誰一人取り残さない」という視点が不可欠です。

DXを企画し主導していくためには、デジタル技術に関する知識だけでなく、行政業務や関連法規にも精通した専門人材が必要です。しかし、そのような高度なスキルを持つデジタル人材は、多くの自治体で圧倒的に不足しています。

民間企業との人材獲得競争も激しく、外部から専門人材を登用することも容易ではありません。そのため、既存の職員に対するリスキリングプログラムを充実させて内部で人材を育成していくことが、中長期的な視点で非常に重要となります。

日本の行政組織に根強く残る「縦割り組織」の壁も、DX推進の大きな障壁となります。部署ごとにシステムやデータが最適化されて連携が図られていないため、全庁的なデータ活用や部署を横断した業務プロセスの改革を進めようとすると、各部署からの抵抗に遭うことがあります。

また、長年慣れ親しんだ業務プロセスを変更することに対する、職員自身の心理的な抵抗感も無視できません。「今のやり方を変えたくない」「新しいことを覚えるのが負担だ」といった意識が、変革のブレーキとなることがあります。トップのリーダーシップのもと、組織全体の意識改革を進める必要があります。

自治体DXは、単なるシステム導入プロジェクトではありません。組織全体の変革を伴う、長期的な取り組みです。成功させるためには、トップの強いリーダーシップのもと全庁的な活動として戦略的に進めることが不可欠です。

まず最も重要なのは、自治体のトップである首長（市長、町長、村長など）がDX推進に対する強いコミットメントを示し、明確なリーダーシップを発揮することです。そして、「DXを通じて、このまちを将来どのような姿にしたいのか」「住民の暮らしをどのように豊かにしたいのか」という具体的で共感を呼ぶビジョンを描き、それを職員や住民に対して繰り返し発信・共有することが求められます。

DXは情報システム部門だけの仕事ではありません。首長直轄の組織や企画部門、各事業部門などの関係部署を巻き込んだ全庁横断的なDX推進チームを設置し、そこに適切な権限とリソースを集中させることが重要です。このチームが各部署と連携しながら、DX戦略の具体化や個別プロジェクトの推進を主導していきます。

DX推進において技術の導入以上に重要なのが、既存の業務プロセスそのものを見直す業務改革です。新しいシステムを導入する前に、「そもそもこの申請書は必要なのか」「この承認ステップは省略できないか」「もっとシンプルな手続きにできないか」といった視点で徹底的に業務を棚卸しし、無駄なプロセスを廃止・簡素化することが最も重要です。非効率な業務をそのままデジタル化しても、大きな効果は得られません。

行政サービスの変革においては、行政側の都合ではなく、常に「住民にとって本当に使いやすいサービスとは何か」という住民目線で制度や業務プロセスをデザインすることが求められます。実際にサービスを利用する住民の意見を聞いたり、行動を観察したりしながら、直感的で分かりやすいインターフェースやストレスのない手続きの流れを設計していくことが重要です。

全国の自治体では、それぞれの地域が抱える課題を解決するために、住民の利便性向上と業務効率化を実現する、特色あるDXの取り組みが進められています。

加古川市は、全国に先駆けて「行かない・書かない・待たない」をコンセプトにした窓口改革を推進し、「書かない窓口」を実現しました。住民が窓口で申請書に氏名や住所などを繰り返し記入する必要がなく、職員が聞き取りを行いながらシステムに入力し、住民は内容を確認して署名するだけで手続きが完了します。これにより、住民の手続き時間が大幅に短縮され、職員の業務負担も軽減されました。他の多くの自治体にも影響を与えた先進的な事例です。

渋谷区では、区民からの子育てやごみ出し、各種手続きに関する問い合わせに対して、24時間365日、AIチャットボットがウェブサイト上で自動で応答するシステムを導入しました。AIが問い合わせ内容を解析し、関連する情報や手続きの案内を提示します。これにより、区民はいつでも気軽に情報を得られるようになり、職員の電話や窓口での問い合わせ対応業務の負担を大幅に軽減することに成功しました。

会津若松市は、「スマートシティ会津若松」構想のもと、行政、医療、交通、エネルギーといった様々な分野のデータを、市民の同意を前提として連携させる都市OSを構築しています。この基盤上で収集されたデータを分析し、地域交通の最適化やエネルギー需要の予測、健康増進サービスの開発など、データに基づいた新たな市民サービスの創出に取り組んでいます。市民のプライバシーに配慮しながらデータ活用を進めるモデルとして注目されています。

本記事では、自治体DXについて、その基本的な意味から必要性、政府の取り組み、具体的な活用事例、そして推進における課題までを網羅的に解説しました。

自治体DXとは、デジタル技術とデータを活用して住民サービスの向上と行政運営の効率化を両輪で実現するための組織全体の変革活動です。少子高齢化や多様化する住民ニーズといった日本の自治体が直面する構造的な課題に対応し、持続可能な行政サービスを提供し続けるうえで不可欠となっています。

政府主導でシステムの標準化やマイナンバーカードの普及が進む中、各自治体においてもオンライン診療やAIチャットボット、データ活用といった先進的な取り組みが始まっています。財政や人材、組織文化といった乗り越えるべき課題は依然として大きいものの、首長の強いリーダーシップのもと業務改革と住民目線を徹底することで、DXは地域社会をより豊かに、そして便利にする大きな可能性を秘めています。

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