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クオンツLaw Newsletter No.1 戦略的法務機能強化と企業価値向上​ ~法務ROIC策定の試み~

戦略的法務機能強化と企業価値向上​ ~法務ROIC策定の試み~

目次

  1. 戦略的法務機能強化と企業価値向上 ~法務ROIC策定の試み~

クオンツLaw Newsletter No.1(配信日2025.09.09)

戦略的法務機能強化と企業価値向上 ~法務ROIC策定の試み~

1. はじめに――企業価値向上に貢献する法務部門

法務部門は、単なるコストセンターではなく、企業価値創造の中核として機能していますが、これまではその貢献を可視化し、経営層やさまざまなステークホルダーに訴求していくことの重要性が意識されていませんでいた。2025年8月27日に開催された第34回CLOセミナー(日本CLO協会主催)において、㈱クオンツ・コンサルティングの前田絵理パートナー(弁護士)と同じく飯塚尚己シニアアナリストが登壇。両名は「戦略的法務機能強化と企業価値向上」をテーマに対談し、「法務ROIC」と名付けた新しい枠組みを用いて、法務部門の活動が投下資本利益率(ROIC)の向上を通じて企業価値創造に貢献しているかを可視化する方法論を体系的に整理する試みを提示しました。

本稿では、法務ROICが必要とされる背景、その理論、実装の3つの観点から同セミナーで両名が語った内容を振り返ります。

2. 背景――PBR問題と無形資産経営の時代

2.1 日本企業を取り巻く状況

日本経済は「失われた30年」を経て、長期停滞からの脱却が急務です。東証が2023年に「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」を公表して資本収益性や市場評価の改善を要請して以降、株価純資産倍率 (PBR)1倍割れの上場企業に対する市場の視線は厳しさを増しています。

PBR1倍割れとは、市場が「企業価値(時価総額)が解散価値(株主資本)を下回る」と評価していることを意味し、企業の成長余力や存在意義に対する強い疑念を示すものです。投下資本が資本コストを超えるリターンを生み出していない状態が続くと、PBRが1倍を割り込む状態が定常化するリスクが高まります。この投下資本が産み出すリターンがROIC(投下資本利益率)です。

2.2 無形資産の重要性

米国ではすでに大手上場会社群の企業価値の過半が知財・ブランド・データなどの無形資産に依拠しているとされていますが、日本の大手企業では有形資産比率が依然として高く、競争力が振るわない一因とされています。

デジタル化の進展、脱炭素社会実現の要請の高まり、新興国企業の台頭、経済安全保障を巡る環境変化などの新たな潮流の中、知財・データ・レピュテーションを含む無形資産の戦略的活用が不可欠であり、その中核に位置づけられるのが法務・ガバナンス機能です。

3. 法務ROICーー法務を企業価値に接続する可視化のロジック

3.1 法務機能の課題

現在、多くの法務部門は以下のような課題を抱えています。

・リスクプロファイルの変化とグローバルなリスクマネジメント体制の整備

・慢性的な人材不足と法務部員の採用・リテンション強化

・新しい時代のグローバルコンプライアンス体制の強化

・ESGや経済安保、ERM(企業の統合リスク管理)など新領域への対応

・法務業務の効率化やリーガルオペレーションズ体制の強化、法務DX推進、生成AI活用

法務ROIC①

これらは単なるオペレーションの効率化にとどまらず、戦略的な法務機能強化を迫られるものです。

3.2 Step1 現在の法務機能・活動の棚卸

経済産業省の「法務機能の在り方研究会」は、企業が備えるべき法務機能として、以下の3つを示しました。

クリエーション機能:現行のルールや解釈を分析し、これらが予定していない新たな領域に事業を拡大したり、ルールを新たに構築ないし変更して規制緩和の可能性を切り拓く

ナビゲーション機能:リスク分析・低減策の提示を通じて、事業・経営戦略の構築・推進を支援する

ガーディアン機能:違法行為の防止や不祥事・訴訟対応により企業価値毀損を防止する

法務ROICは、これらの機能を法務部門がどのようなシナリオに沿って発揮し、企業価値創造に定性、定量の両面から貢献していくかを明らかにしたストーリーの確立からスタートします。そのためには、Step1として、法務機能・法務部門の活動の現状(As Is)分析を行うとともに、企業価値向上に向けたビジネスモデルや事業ポートフォリオの変革を想定した将来(To Be)の役割を踏まえた戦略・体制・コア業務を再定義することが必要になります。

 

3.3 Step 2 法務ROICのための法務機能の類型化

セミナーでは、上述した3つの基本的な機能を可視化することに向けて、以下のような「攻め×守り」「戦略×オペレーショナル」の4つの類型(象限)に転換しました。

・攻めの戦略法務:新規事業モデル創出、M&A支援

・守りの戦略法務:グループガバナンス体制の設計

・攻めのオペレーショナル法務:日常契約支援、訴訟対応

守りのオペレーショナル法務:法規制調査、危機管理

法務ROIC②

3.4 Step 3 法務機能の価値創造ツリー化

最後に、法務部門の諸活動・活動について、因果パスに基づいて4象限の機能ごとにそれぞれの主要な活動に対してKPI (重要業績評価指標)を設定し、経営層や投資家に説明、開示・発信するために、コーポレートレベルの経営指標と、紐づけます。これにより価値創造ツリーが完結し、KPIの実現がROICを通して企業価値の向上につながるという可視化が実現します。

以上のフレームワークが、「法務ROIC」と我々が名付けた法務機能の価値創造ツリーですが、なぜROICを用いるかは、EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)のような「稼ぐ力」ではなく「資本効率」を示す指標であり、資本コスト(ROICに対しては加重平均資本コスト:WACC)を上回って初めて企業価値を創造するからです。法務機能の価値創造ツリーは、このROICを分解し、売上成長率、ROS(売上高利益率)、資産回転率、資本コスト低減といった要素に落とし込み、上記の4つの類型によって整理した法務部門の活動や機能について設定したKPIが、どのようにして、ROIC要素のROS改善と資本コストの縮減という両面での企業価値の向上に結び付くかを明らかにすることができる、優れたフレームワークなのです。

3.5 リーガルオペレーションズCORE8の利用

法務部門の活動や機能を棚卸しし、4象限に配置する方法論としては、法務組織の実効的なマネジメントのためのフレームワークである「リーガルオペレーションズ(LO)」の考え方を用いることも有用です。LOの日本版(CORE 8)は次の8要素から成っており、これらの各要素における生産性の向上は、定量的には販売管理費率の低減や資産回転率の向上につながり、ROICを向上させることになります。

クオンツ・コンサルティングLawチームにて作成

例えば、契約審査の標準化やAI導入は、上記4類型では攻めのオペレーショナル法務に属する機能強化であると捉えることができる一方、効率化と捉えるならばCORE 8の5や8のコスト削減と捉えることもできます。法務ROICには必ずしも唯一の方法論があるわけではなく、実装においては、複数のアプローチを組み合わせて用いることも可能です。 

3.6 法務ROICの具体例

セミナーでは、法務ROICの具体例として次のようなものが言及されました。

トップライン貢献:規制ナビゲーションによる新規事業立ち上げ、知財戦略による独占的市場の確保

コスト削減:契約交渉での有利条件、紛争の早期解決

資本効率:不要資産の処分支援、知財ライセンスによる収益化

資本コスト低減:リスク情報の適切な開示、IR強化による投資家期待リターン低下

4. 実装ステップ

セミナーでは、実装ステップとして以下の段階的アプローチが紹介されました:

1. 棚卸し:法務活動の洗い出しとROIC要素への紐付け

2. 可視化:自社版「法務ROICツリー」の作成とKPI設定

3. 運用:CORE8を軸に短期改善(業務標準化)、中期強化(ナレッジ基盤・生成AI活用)、長期投資(人材ポートフォリオ・COE体制)を展開

これらのプロセスを通じて、法務部門は企業価値に資する「投資対象」として位置づけ直されることが期待されます。

5. おわりに――法務機能強化は未来への投資

本セミナーを通じて強調されたのは、法務はコスト削減の装置ではなく、資本効率を高めるレバーであるという認識です。

法務ROICの枠組みによって、攻めと守り双方の寄与を経営指標へと数値的に接続し、投資家や社内ステークホルダーへの説得力ある発信が可能となります。

法務機能強化は「コスト」ではなく「未来への投資」。その発想転換こそが、PBR改善を含む日本企業の持続的成長に向けた鍵であると再認識できると思います。

私共クオンツ・コンサルティングは、それぞれの企業の経営戦略や事業戦略を踏まえたうえで、それぞれ現状の法務部門等組織の特性やグループ全体の法務機能設計をベースに個社独自の法務ROICの策定をご支援いたします。

法務機能が企業価値向上に不可欠であることを可視化し、経営陣や全グループ社員に向け伝えていくこと、また、全社法務部員等に向け日々の部員らの貢献がいかに自社および自社グループの企業価値の向上につながっているのかを可視化し、そのモチベーションを高めることで優秀法務人材採用・リテンションにおいても有利に働くことが期待されます。

是非、共に法務ROICを策定してみませんか。ご関心をもっていただける方は、一度意見交換など下記のリンクよりお申込みください。

お問い合わせ先: ip_legal.gg@quants.co.jp

【IP, Legal & Risk, Governanceチームのご紹介】
サービス‐ IP, Legal & Risk, Governance | クオンツ・ストラテジー

㈱クオンツ・コンサルティングが2025年5月に発足させた、知的財産や法務の分野において企業向けコンサルティングを提供するチームです。日本企業および外資系企業において法務や知財の責任者、法務・コンプライアンス、経営企画を担当した弁護士、MBA資格保有者、コンサルティングファーム出身者、知財専門家、企業法務の研究者、マクロ経済アナリスト、経済ジャーナリストなど、幅広い知識や経験を持つメンバーによって構成され、クライアント様を伴走支援します。IP, Legal & Risk, Governanceチームは、クオンツ・コンサルティングで経営戦略やM&A戦略立案を担うストラテジー部門や、IT戦略立案やサイバーセキュリティなどを担うテクノロジー部門と連携し、分析・戦略立案段階から実装支援に至るまで、幅広い支援を提供します。 

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